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【SYNTH(シンス)インターン生ブログ】第2弾 堂島の歴史について

皆さまこんにちは!
大阪・梅田・堂島・淀屋橋・北浜サービスオフィスSYNTH(シンス)です​。


10月も後半に入りようやくらしい寒さになってきましたね。
私も完全に夏服はしまい、秋・冬服に衣替えしました。
気温の変化が激しいので、皆さんも体調に気をつけてください!

今回はシェアオフィスSYNTHのメイン拠点である堂島の歴史について紹介したいと思います。
 
みなさん、そもそも堂島という地名の由来をご存じですか?
堂島は大阪市北区にある『薬師』があるというのが主な由来となっております。
この薬師堂は聖徳太子が大阪にある四天王寺を建てる際に木材運搬船が座礁した場所に建てられたとされております。
そんなにも昔から堂島はあるなんて趣深いですね。

 
堂島薬師堂 - Wikipedia
また堂島が大阪の中心の商業地として成長したきっかけの1つは、
1685年にかの江戸時代の有名な商業人である河村瑞賢堂島川・曽根崎川を改修したことにより堂島新地、曽根崎新地が誕生しました。
ちなみにこの曽根崎新地は近松門左衛門が書いた『曽根崎心中』のモデルになった場所なんですよ。

 
左写真:Kawamura Zuiken - 河村瑞賢 - Wikipedia右写真:Chikamatsu Monzaemon - 近松門左衛門 - Wikipedia
さらに1697年には堂島米市場ができ、当時としては中之島に次ぐ商業地としていっそうの賑わいを見せていました。
そこでは帳合米取引が行われていて、これは現在の先物取引の先駆けとなった制度でした。

 
Dojima komeichiba - 堂島米会所 - Wikipedia
しかし立て続けに大火や戦火によって堂島川とともに作られた曽根崎川は今はありませんが、
かつての場所に石碑が建てられ、現在は曽根崎新地改め北新地と名前を変えています。

 

今も昔もここ堂島は大阪のビジネスの中心地として成長し続けております。
その勢いは江戸時代から変わっておらず、今後の発展も楽しみです。

こちらは参考文献です。
三井住友不動産より『繁華街として栄えた北新地』https://smtrc.jp/town-archives/city/osaka/p07.html

以上、インターン生ブログ、堂島の歴史でした!
このように調べてみてこんなにも歴史がある街にSYNTHがあるだけですごい事なんだと感じました。
次回の更新もお楽しみに★

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